バウニャウ犬まみれネコまみれ

犬まみれネコまみれの日常をつづったブログです。 保護活動のスタッフもしているので今までにたくさんのイヌネコを保護し育ててきました。可愛い写真を中心に紹介していきたいと思います。

生物の痛み

今朝、散歩に出かけようとしてふと
窓の外に眼をやったら、見慣れぬ奇怪な姿が!?
2015-2-19サギ1

サギだっ!
でもなぜこんな街中に?
渡りの途中で道にでも迷ったのか、
おまえ、大丈夫かい?
        2015-2-19サギ2


今朝の多摩川
2015-2-19多摩川1

       2015-2-19多摩川2

           2015-2-19多摩川4

                 2015-2-19多摩川3

ミニーはまだまだ「おいで」ができない、
いつもならすぐに飛んできれくれるのだが、
鳥を追いかけてしまうと・・・全然ダメ~

あんな遠くまでおっかけていった
2015-2-19多摩川5

    ようやく我に返って飛んできた(可愛い)
     2015-2-19多摩川6




昨日の座談の中で、たまたま
卵の話・・・自由運動できる鶏の卵と
そうでない鶏のそれとの栄養や味が
異なる理由、ストレスが与える影響について
(だったと思うが)・・・から、畜産動物の
苦痛が肉の味にまで影響するという話になった。
さらに、以前は苦痛の感覚がないのでは?と
されていた魚も、捕獲時に人には聞こえないが
泣くという話、余計な苦痛を与えないような
処置をすると味にも栄養にも差がでるらしい、
という話題になった。

友人に、ベジタリアンがいるが、
彼女は動物愛護活動をしていて、
畜産動物の現状を知れば知るほど
肉や魚を食べることができなくなったという;
乳製品に関しても、乳牛や仔牛の悲惨な現状を
知ってしまえば食べられなくなるようだ。

私は肉が好きで、ベジタリアンにはなれそうにない、
世の中の大多数の人がそうだろう。
巨大な消費需要があるから、いかに効率よく
安価に『肉』を生産するかが目的になる。
けれど、「どうせ食べるんだから、文句をいうな」と
いう理屈は間違っている。
どうせ殺すのだったら、どんな殺し方をしたって
同じだろう、というのが間違いであるのと同じだ。
もし私が殺される立場なら、
生きたまま生皮をはがされるような苦痛の長く
残酷な殺され方より、瞬時に痛みを感じるまもなく
殺されたい。
そして畜産動物であっても、せめて、殺されるまでの間は
生活水準を考慮してあげたいと思う。
テンプル・グランディンの『動物感覚』『動物が幸せを感じるとき』
を読んでから、その思いはさらに強くなった。
ミンクや毛皮動物の殺され方を知ったら、毛皮が都会でそれほどまでの
犠牲を払っても必要か?と考えるようになる人が
多少は増えるだろう。
私が毛皮を心底おぞましいと思うようになったのは
1枚の写真だった。
四足を縛られたトラが生きたまま皮を剥がれている写真、
あまりのショックで、それ以来残酷だといわれる画像は
見ることができない。

「魚も苦痛を感じて声にならない声をあげている」とする
意見はさすがに、疑問に思うひともいるかもしれない。
だが、犬猫をはじめとする「動物」には
痛みも感情もない、という考えがほんの何百年か前まで
カトリックの国では当たり前だったことを思えば、
いつの日にか魚の苦痛も当たり前のこととなって
金魚すくいや、釣りのキャッチ&リリースも禁止される日が
くるかもしれないではないか。

といったことを思っていたら、今朝のテレビで
アンゴラ(ウサギ)の毛を使うことをやめる、と宣言した
ファッションブランドのニュースが話題になっていた。
時に過激な運動で話題になるペータ(動物愛護団体)の
調査で、アンゴラの主な生産国である中国での
アンゴラウサギの取扱いの残酷な現状が明らかに
されたからだという。
四足を縛り、悲鳴をあげるウサギから毛をむしり取る
映像が流された。
血が流れ、ウサギはぐったりし、また檻に戻される。
死んでしまうまで何度もこれが繰り返されるのだ。
むしり取ったほうが毛が長く収穫され、刈り取るより
手間がいらないから、というのが理由のようだ。

私が怖かったのは、その後の街頭インタビューだった。
その事実を知った人のほとんどは
「そんなことを知ってしまうと、アンゴラ製品を買う気に
ならなくなるわ」と答えていたのだが、
若い女性が「可哀想だけど、アンゴラの感触が好きだから
売るのをやめないでほしい」と笑って答えていたのだ。

無知こそが諸悪の根源である、というのが
私のよりどころだったのだが、若い世代が
「知っても、それでも自分が心地いいから仕方ないでしょ?」と
平然とインタビューに答える姿に唖然とした。
なんのうしろめたさもなく言える、というのは
事実が何も心に響かなかったということだろう。
無知が残酷さの原因であれば、知らせることで
改善は可能だが、心の鈍さ、同情心の欠如には
どう対処したらいいのだろう?
そういう私自身、まだまだ無知ゆえに
犯している罪はあるのだろうけれど。
  1. 2015/02/20(金) 01:00:27|
  2. 動物愛護
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<1対1の散歩で気づくこと | ホーム | またまたD.I.N.G.O.クラスのモデル犬に♡>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://guretaparu.blog45.fc2.com/tb.php/818-7269a652
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)