バウニャウ犬まみれネコまみれ

犬まみれネコまみれの日常をつづったブログです。 保護活動のスタッフもしているので今までにたくさんのイヌネコを保護し育ててきました。可愛い写真を中心に紹介していきたいと思います。

老いたペットに想う

この数日老猫パルの調子がはかばかしくない。
大量の透明なおしっこを
ところかまわず垂れ流したかと
思えば、かなり濃い血尿漏れが。
昨年も同じ症状が出て
点滴と投薬で持ち直したのだが
また、だ。
病院で対処療法を受けて
ひとまず落ち着いている。
パルの持病の重度の便秘のほうも
相変わらず、というか
便秘の合間に軟便の垂れ流し、
あちこちにウンPを付けてまわる日もある。
生まれつき骨盤に異常があるためとのことだが
それでもなんとか低空飛行で
日々を過ごしてきた。

わが家の歴代の猫はすべて保護した子だが、
パルは正しくは「保護した」のではなく
自ら「保護されにきた」猫だ。
家人は道端で猫を見ると声をかけてしまう
という悪い癖があるが
(救ってあげられないのに安易に声をかけるのは
可哀想だと私は思うので)
軽い気持ちで声をかけた子猫に
必死の形相で後を追われ、
放っておけなくなって仕方なく連れ帰ったのがパル。
ガリガリでノミだらけ、目ヤニに寄生虫もいて
ボロボロの状態だったうえに
いったん落ち着くと、まったく人馴れしていないことが
判明した。
貰い手を探したけれど、当時は保護団体の存在も知らず、
ポスターを張ってみたが結局引き取り手はいなかったので
わが家で暮らすことになった。
室内をひたすら逃げ回り捕まらない、抱っこなどできない、
そうかといって他の猫にも懐かないで独りでいることを
好んだ。唯一の救いは「シャァーッ」と威嚇することが
一度もなかった点。
捕まえて無理に抱っこしても、病院に連れていっても
こちらが怪我することは一度もなかった。
こうしてわが家に来て数年、室内ノラ猫として
構わずに放っておいたので、
他の犬猫のような愛情をあまりパルには
感じられない、というのが正直なところ。
それでも同居人としての情はもちろんあるし、
歳を取るごとに少しずつ距離が縮まってきて
ヒトの傍にいることを好むようになり、
時にはひざの上に自分から乗ってくるようになり、
他の猫や犬との距離も縮まって
一緒に寝ていることも多くなった
・・・多分体力の衰えから逃げるより受け入れるほうが
楽だと思うようになったのだろう。
長い時間をかけてようやくたどり着いた今の
関係を、愛おしく思う。
他の犬猫や保護動物にとっても
それなりの役割を担ってくれている老猫パル、
どうかウンP垂れ流しでもいいから
長生きしてほしいと思う。

先日センターのボランティアに行った時
年老いたシェルティと知り合った。
端正な顔立ちをしていて性格もよく
見知らぬ私にお腹を見せ、掻いてあげると
とても喜んだ。
今は白内障になりかかって動きもぎごちない、
被毛もボロボロではげだらけ、
それでも週に何度も沐浴させて
ようやくここまでになったのだそうだが
きっと若いころはさぞ美しい犬だったのだろう。
せめて後数年若ければ引き取り手は
いくらでもいたんじゃないかと思える。
どうせ捨てるならもっと早くしてほしかった。

保護活動をしていたころ、
収容施設にはいつも何頭か老犬が入っていた。
必死に私たちにアピールする犬たちの中で
ひたすらうずくまってじっとしている老犬、
白くなった瞳で動きも鈍いながら
ヒトに寄ってくる老犬、
彼らを見るたびに一層飼い主への怒りが
ふつふつと湧いてきた。
だいぶ前にも書いたけれど、
歳とったペットは家族の歴史そのものでは
ないのだろうか。
歳とったから、ボケたから、病気になったから、
失禁するようになったから、捨てたのなら
その人間は自らも年老いて同じように扱われろ!
と思ったものだ。
日々の生活を大事に生きてきたなら
二度と戻れない時を共にすごしたペットを
捨てるなんてできない、
逼迫した事情でどうしても飼えなくなったなら
老いたペットを不安と恐怖の中に突き放すのでなく、
彼らへのせめて最低の責任として
家族自らの手で完結させてあげるべきだろう
・・・安楽死という形で。

センターに行ったある日、老犬を連れた
家族に入口で出会った。
かなりの歳だと一目でわかる雑種の中型犬で、
眼もあまり見えていないのではないかと
思われた。
「またかっ」飼い主が直接ペットを
不要になったからとセンターに持ち込む現場には
たびたび遭遇していたので、苦々しい気持ちになった。
ところが、それはまったくの勘違いで、
対応していた職員に聞くと、
なんと愛犬を引き取りにきた家族だったのだ。
軽トラで確か家族4人、両親と娘と息子だろうか
皆結構いい年だ。
嬉しくなって声をかけてみると、
室内飼いしていた愛犬が、庭から脱走して
徘徊の挙句センターに保護されたらしい。
あちこち探しまわり、センターにも連絡して
再会できたのだという。
他人からみればボロ雑巾のような姿、
歩くのもやっとという古びた犬が
その家族にとっては大事な存在
・・・これが本来のペットとの絆なのではないのだろうか。
歳とった夫婦、それなりにうまくいっている夫婦にとって
相手はただのしょうもない
はげ頭のしわくちゃな爺さんではなく、
太って頬のたるんだ婆さんではなく、
若いころの生き生きとした姿が
重なって見えているもの。
他人にはなんの価値もないボロボロの老犬の中に、
家族だけは子犬のころ、生き生きとした
若いころの姿を見ているはず。

あの時の老犬と家族への感動は今思いだしても
心がほわ~んと温かくなってくる。

憎しみではなく愛こそが原動力
(なかなかそう達観できていないけど)

老猫パル、家人のひざで甘える図デス
ぱる1

ぱる2






テーマ:犬猫のいる生活 - ジャンル:ペット

  1. 2012/01/13(金) 11:09:12|
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