バウニャウ犬まみれネコまみれ

犬まみれネコまみれの日常をつづったブログです。 保護活動のスタッフもしているので今までにたくさんのイヌネコを保護し育ててきました。可愛い写真を中心に紹介していきたいと思います。

キャットカフェ

今年ももうあと1日になりました。
2011年は日本史に残る年になることは
間違いないでしょう。
どうか愛しい人を亡くされた方がたの
哀しみが少しずつでも癒されますように。
未だに新しい生活を踏み出せないでいる
被災地の方々に、政府が一刻も早く
充実した支援をしますように。

先週今週と愛護センターのネコ舎のお手伝いに
伺ってきた。
色々使い勝手がいまいちという部分もあるけれど
(実際に業務に携わる職員の方の経験や意見が
設計に生かされていないように思える)
それでも今まで見てきた愛護施設からすれば
天国と地獄ほどの違いだ。
昔は収容されている動物の表情に、恐怖や怯え、あきらめの
哀しみを見てとり、行くたびにやりきれない気持ちに
なったものだけれど、新センターでは
現状でできる限りの世話が行き届いていて、
しかも微力ながら私たちにも世話のお手伝いができ、
無力感に襲われるということはない。
それでもやはり、絶対的に人との接触や自由になる
空間、運動は足りない。
成猫の譲渡はほとんどないのはどこでも同じ、
そうなると保護動物のそこでの生活の水準を
いかに一定にしてあげるかが
問われることになるが、その辺は問題山積、
というところだろう。

2回の訪問の間に、奇しくも地域猫スタッフさんに
同行させていただいて「キャットカフェ」に
初めて伺う機会があった。
それまで「ネコカフェ」なるもの、どうも
胡散臭い匂いがして敬遠してきたのだけれど、
せっかくのチャンス、しかも保護活動にご協力
いただいているお店ということで
連れていっていただいたのだ。
行ってみて、色々考えることがあった。
一口にネコカフェといっても千差万別、
一概には言えないのだろうけれど、
そのネコカフェは、愛護センターでの
猫のQOL(クォリティオブライフ)の課題に
対する啓示を与えてくれたように思える。
そこは土足厳禁、室内は広く、そこかしこに
キャットタワーやねこちぐら、ソファなどがあり、
天井近くには梁状に柱が巡っていて、
猫は好きなようにしている;
お客はしつこくすれば猫はとっとと逃げてしまうので
いかに上手に撫でるか、どうしたら猫じゃらしで遊んでもらえるか
手腕を問われることになる。
また、メニューは飲み物だけで食事は出ないので
食べ物を巡っての猫との駆け引きも猫たちの間での
軋轢もない。
そこにいる猫たちに全くストレス行動が見られないのは
ネコの数に見合った広さと充分な休む場所の設置、
静かな環境など適切な配慮がされているからかと思う。
穏やかな個体だけを集めたわけではなく、
多少怖がりだったり、警戒心がある子を譲り受けても
「何故か」そのうちに落ち着いて人間に触られるのも
平気になってしまうそうだ。
もちろん「何故か」とははっきりしている;
・広さに対する個体数も含めて、あるべき環境が整っている
・集団全体が平穏で調和がとれている
・訪れる人間が行動をわきまえていて嫌なことをしない
・行動はすべて自由であり、ゆっくり時間をかけて
 場所・他猫・人間に社会化していくことができる

センターの将来の猫舎の理想の形がここにあるのでは
ないだろうか。
今は病気の伝染や怪我などを恐れて?個別にケージに
入れられているが、成猫の譲渡が長期戦であること
(はっきりいえばほとんど絶望的であること)を考えれば、
伝染病などより精神的なケアのほうを重視すべきだろうし、
見学者もガラス越しに見るだけではなく
お互いが触れ合えるようにしたほうが猫にも人にも
良い結果が出そうに思える。
その場合は環境の整備(広さ、高さ、個数など諸々)が
非常に重要だけれど。

すぐには難しいだろうということは過去の「お役所仕事」
のあきれるほどの遅さ~民間なら1か月で動けることが
役所経由では何年とかかる~からわかっている。
それならこういった優良キャットカフェでできることは
ないだろうか。
例えば、
・最近痛切に感じている児童への動物体験学習;
4~5人ずつの小グループに分けてキャットカフェで
猫への接し方、猫の生態などを実体験してもらう
・介護施設などへの訪問活動を一歩進めて
 希望者がカフェに来るのをボランティアが
 お手伝いする・・・少数の動物が大勢の人間の間を
 回って歩くよりずっと、家の居間にいる感覚を
 思い出していただけるだろう。
 ただこの場合風邪など伝染しやすくなるリスクがあるので
 よほど個人の希望が強くなければ実現は難しいかも?
 

繰り返すが、世の中にあるキャットカフェすべてを
肯定しているわけではないし、
こんなやり方で採算が取れているかどうかも知らない、
どんなにきれいにしていても入る際には猫臭がするので
匂いに敏感な方にはお勧めできない。
それでも、地域猫活動のお手伝いから、センターでの猫ボラ活動に続いて
私にとっては偶然とは思えないタイミングでのキャットカフェ初体験だった。
民間の保護運動だけでは限界があり、地域猫~すなわち避妊の草の根運動の
広がりこそがカギになるだろう~そして法の援護を含めた公の力も必要不可欠、
さらに小さいまだすれていな子たちと動物との絆作りの必要性・・
ヒントが歩く先々に現れる、キャットカフェ体験はその一つだった。

犬のインストラクターなのに猫のことばかり、と思われるかも
しれないけれど、一つには猫を知ることはまた犬を知ることにも
つながると思っている。共通すること、違いを知ること、
猫について体験するとき、私の中ではいつも犬との比較が
されている。
キャットカフェにしても、「犬には難しいだろうナ、何故なら・・・」
(長くなるのでまた別の時に)というふうに。
そしてもう一つには、猫の生存権の保護はすなわち犬の生存権利の保護に
つながると思っている、私の中では現代社会のヒエラルキーの最底辺に
猫がいて、その上に犬が、その上に弱者(幼児、高齢者など)、
その上に「一般人」がいるので、猫の生存権を保護することは
その上に位置するものすべての権利を底上げすることにつながると
思っているからだ。(最底辺に家畜、野生動物という考え方もある)
ピラミッドの実感でいえば;
「たかが猫が1匹虐殺された」くらいでは警察はまったく動かない~
飼い犬が殺されれば少しは調べてくれる~無力な子供や高齢者が虐待死したら
ようやく調べ出す~といったぐあい。

そういうわけで、そのキャットカフェの名前は
ミーシス さん
撮影許可をいただいたので掲載します


テーマ:動物愛護 - ジャンル:ペット

  1. 2011/12/30(金) 03:27:37|
  2. 動物愛護
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散歩

メナとハッピーで散歩をするようになってから
さらに2頭が仲良くなっている。
昼寝


保護活動をした経験がある方は
よくわかっていらっしゃると思うが、
先住犬がいる家庭にお見合いに行く時は
いきなり候補犬を連れて室内に入ったりはしない、
少なくとも外で会わせるのが常套手段だ。
時間があれば、先住犬の散歩に一緒に
付かず離れずで同行して
一緒に室内に入るほうがうまくいくことが多い。

もっといいのは先住犬も候補犬も初めての場所に
ピクニックに行くことだと思うがどうだろう。
海や山など、環境のよい場所のほうが
都会の喧騒の中、緊張状態で会うよりずっと
好ましい。
同じ方向に向かって歩き、人も犬も楽しく食事をする;

他犬との接触について、遅れた社会化の再構築については
あまりに多くの選択肢があり、原因も多く考えられるので
また別の機会にゆずるとして、
メナとハッピーについてだけ言えば、
俗にいう「吊り橋効果」にも似たものがあるのではないかと思う。
吊り橋効果といえば、簡単に言えば
「怖さのドキドキを共有することで恋愛感情が起きやすい」
というもの。
メナは外界の刺激に対して非常に神経質な犬で、
ハッピーは猫にしては大胆だけれど、やはり
ネコらしい用心深さは持っているので
2頭で散歩する時はお互いの存在が支えになっているようにみえる。
メナは1頭だけでの散歩よりハッピーがいるほうが
いくらか落ち着いているし、ハッピーは物音がすれば
メナの身体の下に身を置き、メナからあまり離れないように歩く。

お散歩1

行動を共にする2頭はそれなりの「群れ」になっている。
そういう経験を共有する2頭は、自宅に戻っても
なにやら絆ができつつあるようだ。

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  1. 2011/12/18(日) 21:59:18|
  2. わが家の犬猫
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トンネル遊び

今日は久しぶりのお客様。
身内の2人なので、ハッピーのお行儀は
見ないことにしていただいたが
彼女は相変わらずの人懐こさを発揮して
大人しく抱っこされ、眼を見つめて手をペロペロ・・・
この社交性がもう少しメナにもあればなぁ、と思う。

ネコトンネルを幾つかつなげたものが
このところわが家の猫たちのマイブーム。
ここで遊ぶネコたちを見ていると
年かさのほうが若いハッピーに
遊びのチャンスをゆずることが多いのに
気が付く。
後輩に遊びを譲るという行為は
犬の群れでも見られたし、過去の猫たちも
みなそうだった。
単純に子どもの活発さがうざいだけかもしれないが、
社会性のある動物は、子供にとって遊びが重要なことを
理解していて、そういう場では一歩引いてやる
しくみになっているということはないだろうか。
大人の犬や猫も、1頭だけにしてやると
積極的に遊ぶので、遊びへの欲求はあるのに
抑えて譲っているように思える。

ところでどんなに激しく運動しても、一見すると
ネコは犬のように舌を出して荒い呼吸をすることがないように見える。
よほどタフなのか、心臓が強いのだろうかと以前は
思っていたが、遊び疲れた猫の口元に耳を寄せると
フンガフンガと密やかながら鼻息が荒いことに気が付く。
よほど耳を寄せないと聞こえないが、
私はこの猫の荒い鼻息を聞くのが大好き、ちょっとしたフェチだ。
口を閉じたままなので、見た目は涼しい顔だが
実は興奮し、息が上がっている、そのギャップが可愛い♪
そういえば昔飼っていた猫が
激しい遊びの後、口を開けてハァハァ喘いでいるのを
一度だけ見たっけ・・
子猫も子犬同様、体力リミットぎりぎりまで遊ばせるのは
あまり良いことではない、遊びは常に
もっともっと!と相手が言っている段階で
止めておいたほうがいい、それでも舌を出して
喘いでいる猫は目茶目茶可愛かったけれど。



映像はトンネルで遊ぶハッピー

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  1. 2011/12/11(日) 19:42:49|
  2. 遊び
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ハッピー、お散歩にチャレンジ

訪問活動を見学して、昔レディとそういった活動を
したいと夢みていたことを思い出した。
訪問活動にその動物が適しているかどうかは
なかなか冷静な判断が難しいところで、
訓練が行き届いていて言うとおりに従うからといって
その子が向いているとは言えないのが
本当のところだ。
活動時にその犬や猫をちょっと観察してみれば
わかることがある。
身体がリラックスしているか、固まっていないか、
犬なら「笑っているかどうか」

知らない環境、知らない人に対して、
どんな動物も何等かのストレスを感じるものだが、
それでもそれが簡単に乗り越えられる程度のものかどうか;
また性格的に人に褒めてもらったり撫でられることが
好き、少なくとも嫌じゃない;
留守番しているよりは飼い主といつでもどこでも
一緒に行動したいタイプか;
といった点をよく見きわめあげなくては虐待になりかねない。
レディは上記に関しては楽々パスだったが、
私のコミュニケーション技術が未熟なために、
どんな時でも落ち着いた行動をさせることが
できなかったので、そういう分野での活躍は
あきらめざるを得なかったのだ。
つまり、レディが嬉しくて飛びついたり、
顔を舐めたりするのを我慢させることが
できなかったというわけ。
活動に適した犬や猫は、こういった本来の社交的な性格+
絶対に信頼できるマナーの両方が必要だと思う。

というわけで、メナについては論外だが、
今我が家にいる中では、ハッピーはどんなもんだろう?
と思い立ち、まずは外でのいろいろな刺激に対して
どんな反応をするか見てみたくなった。
家にくるお客には傍若無人、そのひざに乗ったり
スリスリしたりと対人ストレスはなさそう。
そこで、お散歩リハビリ中のメナと連れ立って
総持寺に連れていってみた。
勿論1人でトレーニング中の動物2頭は厳禁なので、
家人が暇な時に2人と2頭で。
結果は・・・おどおどコソコソ歩くメナより
ずっと堂々としていた。
(メナと散歩すると、まるで虐待されている犬のように
ちょっとした刺激にもビクビク反応するので
恥ずかしい、一度たりとも手をあげたことなどないのに・・)

ところでネコの散歩をされる方ならご理解いただけるだろうが、
ネコ散歩に付き合うには、まぁ忍耐がいる。
ネコは犬のようには歩いてくれない;
点から点へと素早い移動→じっと動かない・・この繰り返しに
耐えてじっと待つ忍耐心が必要;
犬のように乱暴なリードさばきをすれば即信頼関係解消!となる。
ハッピーは猫としては異例なほど「普通に」歩いて散歩する、
途中途中で抱っこして移動しようとすると暴れる!
下に降りて自分で歩きたいのだ。
びっくりしたのは散歩中のビーグルの老犬が近寄ってきたとき、
ハッピーが自分から平気で近寄って挨拶しようとしたことだ。
どんな犬にもそうかというと、他の犬に出会った時は
警戒して隠れたので、彼女なりの判断基準があるらしい。
飼い主さんとお話してみたら、そのビーグルは
3頭の猫と同居していて、仲良しなのだそうで
外で猫を見てもまったく興奮しない子だった。
ルフトがお泊りした時にも思ったのだけれど、
種を超えての「安全サイン」というものが
あるのではないだろうか?
今までの一般的な常識としては、犬と猫は
外見が似ていながら、ボディシグナルが違うことがあり、
相互に理解することが難しいと聞いていたが、
本当のところはどうだろう?
相手が怒っているかどうか、自分を襲いそうかどうかを
知ることは本能的にわかるかとは思う、
そうでなければ種として生き残れなかったはずだ。
でも、相手が友好的で、近づいてもいきなり咬みつく危険がないと
いう判断は、野生ではあまり必要なかっただろうから、
「安全サイン」は後天的な学習により得ることの
できる才能なのかもしれない。
臆病な猫、危機回避本能の強い猫は
敢えて犬に近づかなければいいので、そういったサインの
読み取りは必要ない→学習しない。
好奇心旺盛で遊びへの欲求の強い猫が
犬のサインを読み取る能力を磨くのではないだろうか。

それでも、大きな音や、向こうから歩いてくる人には
やはり警戒するので、果たして訪問活動に向いているか
どうかは、難しいところ。
もっと小さい時からハッピーを散歩に
連れ出すのだったと後悔している。
また晴れたら、家人が暇なときに一緒に散歩しようね。





テーマ:しつけ・トレーニング - ジャンル:ペット

  1. 2011/12/10(土) 00:22:18|
  2. 犬と猫について
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追記

追記;
今テレビで、あの高校生の供述などが
放送されていたが、
動機が「目立ちたかった;かまってほしかった」とのこと
・・・・こんな安易な放送で、その家族(親)に
責任をなすりつけておしまいにしてしまわないでほしい。
家庭にもし問題があったとしても、
(そもそも「完璧な家庭」なんてあるだろうか)
その子供がみんな動物への猟奇的な殺戮にはしるわけではない。
その寂しさを動物を愛することで埋める子もいる、
自分自身を傷つけることで表現する子もいる、
友達や仲間で埋めようとする子もいる、
引きこもり、窃盗や万引きに走る子も・・・
そういった子たちと、猫や小動物の首を切って喜ぶ人間と
一緒にしてはいけないと私は思うのだけれど、専門家は
どう考えているのだろう。
「愛情不足」でマスコミが片付け続けるかぎり、
いつまでたってもこういうケースはなくならないのではないだろうか。

あまりに安易な放送に、ちょっと納得しかねて追記してしまった。

お口直しに:
ハッピー4

テーマ:動物愛護 - ジャンル:ペット

  1. 2011/12/08(木) 23:28:37|
  2. 動物愛護
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事件について考える

ブログの更新が滞ってしまった。
こういう時はだいたい今時の「リア充」とかいうやつ?
多忙な場合か、またはあまりに色々思うことが
多く、それをどう表現したらいいのか
わからなくて、面倒になった時だ(私に限っては)。
近々の報告

・センターのボランティアがようやくスタートした;
   まだ始まったばかりで、どんな形になっていくのか
   見えてこないが、始まったことに意義があるのだと思おう
・訪問活動(動物介在)の見学;
   長い間望んでいた訪問活動の現場を、地域猫のスタッフさんの
   ご紹介でようやく見学できた。
   デイケアセンターでの経験は、活動のことだけでなく
   自分がどう「老い」と向き合うかということも
   深く考えさせてくれた
・ドッグランへ;
   メナが「楽しい」と思うことを模索して、ドッグランへ
   何度か足を運んだ・・・今のところ言えることは
   愛犬の安全は飼い主が常に細心の注意を払わねばならない、
   身体の安全だけでなく、心の安全に対しても、ということ。

他にも若いころからの友人のお母上が亡くなられたり、
急逝された先輩インストラクターの葬儀でご両親様の嘆きを
目の当りにしたり、並べては失礼かと思うが先日お見舞いにいった
アイちゃん(犬)が虹の橋を渡ったりと、物思うことの多い日々だった。

だが、今どうしても言いたいことは、話題になっている
高校生による傷害事件のこと。
前に異常犯罪者について書いたが、今回もやっぱり!
人間~それも自分より弱い者~への残虐な行動に出る以前に、
かなり前から動物虐殺に異常な興奮を覚えていたのだ。
インタビューで学校に猫の首をビン詰めにして持ってきていたと
いう証言があったが、私が怖い!と思ったのは
その時周囲の人間がそれを看過したこと。
「あいつ、おかしいゾ」くらいで済ませていたということだ。
そんなものを持って来て見せるということは
動物虐殺もそれほど周到に隠れてやっていたとは思えない、
家族ばかりか、周囲でも猫の首を切断する現場を
目撃した人はいたのではないか、
それが何を意味するかわかっていなかったのだろうか。
目撃した人には家族もいただろう、
黙って見過ごすことは自分たちの周囲にも危険が及ぶ
可能性があると理解できなかったのだろうか。

庭に糞をされる、とか花壇をダメにされたとかで
罠を仕掛けたり毒を撒いたりする人間の感情は
百歩譲ってまだ理解できる(それでも
そういう人間には逆上した時に何をするかわからない
恐怖を感じるけれど)。
でも、動物の恐怖や苦しみに興奮する、
もがき苦しむ動物の首を切断するという人間は
明らかに精神病なのだ、一刻も早い治療が、
場合によっては隔離が必要なのだということを
多くの人が知るべきだろう。
家族はたぶん知っていただろう、
いつか収まってくれるのでは?という一縷の望みを
抱いていたかもしれない、身内の恥、一家の崩壊と
ひた隠しにするのは人情だけれど、
前に書いたように、これは先天的な脳の問題である
場合があり、放っておいて自然と治るものではないことを
認めなくてはならない。

今回のケースも、たぶん精神鑑定の末、保護観察になるか
数年の収容でまた社会に放り出されるのだろう。
投薬で抑える;1年ごとに所在と近況を追跡調査する;
動物虐待が再発していないか、地元の動物保護団体にも
確認する・・・それこそ周囲が連携して監視、
というよりサポートしていくべきだと思う。

前にも言ったけれど、11歳くらいまでに
周囲に人間以外の動物が全くいない環境で成長した
児童には、脳の発育に何らかの影響が表れる、という
研究報告があった(どこで読んだかまたも忘れてしまったけれど)。
ほんの何十年か前まで、犬や猫は当たり前にその辺を勝手に
うろうろしていたし、アヒルや鶏、たまに馬でさえ
近所でみかける生活が普通だった。
人が人らしくあるために、他者への思いやりを持つために、
人間以外の生物がかたわらに存在することが必然だというなら、
今現代に生きる子供たちは非常に危うい環境に立たされているのだろう。
脳の病気、遺伝的要素だけでなく、そういった脆い環境が
作り出してしまう後天的なモンスターもこれから
ますます増えていくのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
今すぐに少しでもできることは?
もう大人になってしまった者にではなく、これからの小さいひとたちに
動物ともっと触れてもらえる機会をなんとか作っていくことかと思う。


関係ない画像です;
18禁画像??ハッピーって男の子だったの??
(スリッパのボンボンが取れたので股に乗せてみました、スミマセン)
ハッピー2

ハッピー3

テーマ:猫のいる生活 - ジャンル:ペット

  1. 2011/12/08(木) 21:04:36|
  2. 動物愛護
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