バウニャウ犬まみれネコまみれ

犬まみれネコまみれの日常をつづったブログです。 保護活動のスタッフもしているので今までにたくさんのイヌネコを保護し育ててきました。可愛い写真を中心に紹介していきたいと思います。

レディ

保護活動のスタッフになって、止むに止まれぬ事情から
初めて保護犬を預かることになった時、一人っ子だったレディの
反応が少し心配だった。
でも、レディはレディ、意地悪することも、拗ねることもなく
逆に相手からどうしてだかいつも好かれて頼りにされたね。
私は安心してそれから次から次へと我が家には
犬や猫がくるようになった。
・・・でも、本当はレディはいつも我慢してたんだよね。
保護活動関連で出かける時(譲渡会やイベント、ミーティング)
はいつも 保護犬を連れて出かけた。
D.I.N.G.O.などのワークショップにも
保護犬を優先して参加するようになった。
レディは留守番。 イベントやお祭り騒ぎが大好きだったのに、
おまえはいつも後回し・・・私だったらとっくにグレていただろう。
でもおまえは本当に素直な犬だった。誤ってももう遅いね。

ウチに来る保護犬は、なかなか預かり先のない何らかの問題を抱えた
体が大きいオスがほとんど、真剣に取り組まないと
リハビリが難しいケースばかりだった。
まず何より猫への反応、そしてトイレ、中には恐怖から人に歯を当てた子も。
レディがその犬たちの誰より体が大きかったことも
幸いだったかもしれない、でもやはりレディがいつもどっしり構えて
変わらずにいてくれたからこそやってこれたことだった。


最初の預り犬タックン。
臆病で猫にも歯を見せて威嚇していたのがウソのように変身。
レディの後をついてどこでも出かけるように。
レディのおかげで本来の愛すべき性格が花開いた。
仮装行列で
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レディにくっついて公園デビュー。チリコと3頭でよく出かけた。
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新しい家庭で幸せになった後もタックンはオフ会でレディに逢うと
狂喜、ず~っとくっついていた。
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  1. 2010/07/31(土) 20:11:09|
  2. レディ
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レディ

何頭もの預かり犬との生活で、いつもレディには我慢させてしまうことが多かった。
ごめんね。
でも、天気のいい日、朝早くに時間が空くと
そ~っとレディに目配せして二人でこっそり多摩川に出かけたね。
言葉は要らない、ただレディに眼で合図すると
レディはすぐわかった。 みんなを起さないように
静かに私の後をついて家を抜け出した。
レディ1
レディと2人、湘南・和歌山・山中湖・富士山麓・・色々な所に行った。
一番遠かったのはチリコとチリママと行った北海道。
初めての飛行機にも全然へこたれないタフな犬だった。
夏の北海道の綺麗な海
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2頭 ホントに楽しそうだった
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おまえはいつも夏休みの子供の世界を私に思いださせてくれた
逢いたいよ・・
  1. 2010/07/31(土) 01:05:41|
  2. レディ
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レディ

レディ、いつも一緒に本当にいろんなところに行ったね。
レディは水辺が大好きだったから、海や川が中心だった。
いつのまにおまえは泳ぎを覚えたんだっけ?
画像や記録をこうして見返してみると那須の犬の水泳教室に行ったのは7年前、
その時はもう充分泳げたんだから、
多分最初からスイミングは本能に組み込まれていたんだね。
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ボールや木の枝を投げると最初からレトリーブした。
フラットはみんなそうなの?
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10歳を過ぎたあたりから、大きい枝はちょっときつくなって
きたかな?
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多摩川はレディのホームグラウンド
引越ししてからも週に1回は行ったね 冬場もよく通った
昨日メナと3人で多摩川に行ったよ
もしかして一緒に来てるかも?とこっそりおまえの名を呼んでみた
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湖にもあちこちチリコと行った
西湖で楽しかった思い出
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  1. 2010/07/29(木) 22:02:14|
  2. レディ
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レディ

朝 新聞をポストから持って2階にあがるとトイレ中の主人と眼が合う
(我が家は開けっ放しが多い 閉めると「開けろ」と煩いのが多いので)
その瞬間多分2人、同じ事を想ったのだと思う。
こういうシチュエーションでは大抵「新聞ちょうだい」と言われ、
そしてその役目はレディだった。
新聞を咥えて嬉々としてトイレの主人に持っていく、
そして毎回誉めてもらって嬉しくて顔をベロベロ・・・
「もういいよ」と言ってもペロペロ、
レディは主人が大好き、黙っていればいつまででも
恍惚としながら顔を舐めつづけていたっけ。
日中はともすれば忘れていられる哀しみがその瞬間鋭くみぞおちをえぐる。
ほんの一瞬お互いの眼を見た後、「新聞」のことには触れずにやり過ごす。
苦痛をさけようとする大人の知恵。

日常のほんの小さな隙間にまでレディが入り込んでいたから
・・・そしてその度に笑顔が発生し、なにがなしハッピーな気分になっていた
・・・その一つ一つの場面が今は色褪せて味気ない。

寝ている姿も「完全無防備状態」
その姿を見て預かった保護犬たちも早くリラックスすることができたのか
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まだ若いレディ。顔も幼さが残っているね。
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レディは人間が喜んでくれると何でも張り切るタイプだった
被り物も得意。
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  1. 2010/07/29(木) 10:37:01|
  2. レディ
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レディ

公園でたくさんの犬と遊んだことも結果的に
とてもよい経験になったと思うが、チリコという親友に
出会ったことは、レディのその後の犬生を
より豊なものにした。
年下の黒ラブ、チリコは最初からレディを慕ってくれたね。
まだチビ犬だったチリコとの1枚
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ウチにお泊りしたとき
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相談でよく「他の犬と仲良くなって欲しい」というのがあるが
人間だって好き嫌いはある、全ての犬と仲良くなんて
虫が良すぎると思う。
けれど、気の合う仲間がいることは犬にとっても素敵なこと
引越しした後もよく一緒に遠出したね。
あの22日も一緒に城ヶ島に行くはずだったのにね。
チリコはおまえのこと大好きだったよ。
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  1. 2010/07/29(木) 04:06:05|
  2. レディ
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レディ

私からすれば、手に負えないハイパーな子犬だったレディ
私は本当にたくさんの間違えだらけのアプローチを
して、おまえは理解に苦しんだことだろう。
それでもフラットの陽気さ、素直さ、そして何事も
恐れない溌剌とした性格が損なわれなかったのは、
もしかしたら若いときに公園でたくさんの仲間と
遊び、たくさんの人に可愛がってもらったからかもしれない。

しつけは後からでもできるが、性格や環境への適応力は
早い時期の経験で土台ができてしまう・・・
失敗ばかりの飼い主だったけれど、
「疲れさせるための毎日の公園通い」が
結果、おまえの「いつでも楽しい事大好き!」」「人間が大好き!」
そして「誰でも受け入れる」性格を作ったのだろうね。

公園の裏山で、たくさんの犬や人と毎日遊んだ。
ルールはケンカさせないこと、(人も犬も)排他的にならないこと、
そして犬たちだけで放っておかないこと、それだけ。
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犬の運動会に他の人のハンドリングで参加したりも(飼い主が鈍足のため
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自由が丘にもよく連れ立って遊びにいったっけ
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  1. 2010/07/28(水) 05:05:00|
  2. レディ
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レディ

レディは勿論完璧な犬ではなかった(それ以上に私は完璧な飼い主じゃぁなかったし)。
レディをペットショップで衝動買いした後の
少なくとも1~2年は、後悔と焦燥、そして怒りなど、混乱に満ちていた。
その前の子があまりに大人しく、いいなりになってくれるイヌだったので
犬をなめていたのだ。
考えてみれば、ブリー(シェルティ)は可哀相だった。
仕事で忙しく、きちんと面倒も見れないのに飼い、
犬の気持ちを無視して自分が可愛がりたいときだけ
可愛がり、後は大人しく人形のようにしているように
望んだのだ。そして利巧でちょっぴり内気なブリーは
それに応えていつも「いい子」でいた。
私は犬はみんなこんなもの、と思いこんでいた大馬鹿な飼い主だった。
問題犬ではなく、問題飼い主だったのだ。

レディはせまいペットショップのガラスケース生活で腰がぬけていたのに、
着いたそうそう箱から飛び出し、ハイテンションで家中を駆け回り、
垂直に飛び跳ねた。 小さな爆弾のような黒い塊に
初日から我が家はパニック状態。
少しもじっとせず、どんなに怒っても聞く耳を持たない。
それでも子犬のうちはよかったが、あっというまにでかくなってくる。
何度捨ててしまいたい、誰かに譲りたい、と悩んだことだろう。
そして遂にしつけの専門家を呼ぶことに。
1回コンサルティングを受けただけだが、その時
「犬のしつけ」ということに初めてむきあうことになる。
それから友人に運転を頼み、中目黒から横浜のしつけ教室に通いだし、
代官山にD.I.N.G.O.の教室ができてからは自転車で
炎天下通うようになった。
それでもなかなか思うようにはいかなかった。
思い返せばそれは単純に私がなんとも不器用な飼い主だったためでしか
なく、レディは飼う人が飼えば素晴らしい犬になる素質があったのだけれど
当時は「何故こんな馬鹿犬なの?」と悩んでばかりだった。

いつからだろう、レディが「征服し、打ち負かすべき敵」から
「腹心の友、最愛のパートナー」になったのは?
レディと出会ったことが、今の私を創り上げているといってもいい。
犬という動物に深く関心を持ち、それを仕事にするようになるなんて
思ってもいなかった。
10年!食事のこと、犬の生態や行動学、しつけの歴史や最新の科学情報、
セミナーやワークショップ、専門書漁り・・・
常にレディとの二人三脚で手探りで進んできた道。
大人しくいいなりにならなかったレディが私を突き動かしてきた。
レディが突然目の前から消えて、私はこの道半ばで途方にくれている。

初めての教室でお会いしたK先生
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中目黒から代官山の教室まで自転車で通ったころ
10分ごとに手拭とTシャツに水をかけて体を冷やして通った
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代官山の教室で
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JordanHeppnerさんと和歌山の合宿で
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今年の春山中湖の合宿で
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そしてそしてテリーライアン先生
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  1. 2010/07/27(火) 04:19:00|
  2. レディ
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レディ

水遊びが大好き レディ専用プールは今も物置にある
もう使うことはない
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呼べば速効で飛んで来る はずむ命の鞠 
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お婿に出したタックンを訪ねて
海が怖いタックンもレディの後をくっついて
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  1. 2010/07/25(日) 10:13:59|
  2. レディ
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レディ

いつでも私たちを見ていた。
どんなに眠り込んでいても、出かけようとしたり、
何か食べようとしたり、庭に出ようとすると
パッと起きてきて「さぁ、何を始めるの?」と
期待に満ちた眼を向けてきた。
レディと2人の散歩や遠出は、本当に楽しかった。
レディの関心は私(と夫)と食べ物、そして私たちと
遊ぶ事。 他の犬や猫への関心はあまりなく、
喜んで飛び跳ねるその姿、水遊びが大好きで、
いつまでもいつまでも水の中で遊んでいた。
こちらがころあいをみて切り上げてやらないと冬場でも
震えながらず~っと川に漬かっている。

たくさんの犬や猫を預かってきたけれど、
どの子にも必要以上の興味を持たない・それでいて
意地悪をしない、素晴らしい伴侶だった。
初めて預かったタックン、男の子なのに弱虫で
レディ姐さんを慕い、何をするのでもついて歩いたっけ。
ノビ太はへその緒がついたままで拾った猫、
いまや気に入らなければ他の犬ネコに容赦ない猫パンチをして
ボスのように振舞っているが、一度もレディに
猫パンチをしたことがない、レディは特別な存在だったのだろう。
メナは少しまいっているようだ。
いつでもレディの真似をして、レディと一緒の散歩なら
ノビノビはしゃいでいた。レディはメナの「安心」の元だったのだ。
レディ、レディ! おまえのいない生活にもきっといつか慣れるのだろう。
でも今は何をしていてもおまえがいないことばかりが
気になって泣いてしまう。
とぼけた顔の遺影を見るのが辛い。
いつも陽気で、月並みな言い方だけれど生きる喜びに溢れた犬だったね。
いろんなところに行ったね。
おまえとの旅行や散歩は今になるとわかるけれど
私はおまえの眼を通してその楽しさを体感していたんだと思う。
人が大好きだったね、「可愛い」と言われると大喜びしたね。
レディ、動物は死んだらどこへ行くのだろう。
「虹の橋を渡って見守っていますよ」
ペットを亡くした方にそう慰めの言葉をかけてきたけれど、
今、私は動物にも魂があり、死後の世界があると
信じさせてくれる証が切実に欲しい。
死はそれで終わり、肉体が無くなれば残されたものの想い出しか
残らないのではないかと畏れている。
レディの魂が美しい所に行けたと信じることができれば
どんなにか救われるだろう。

レディとの散歩でどれほど美しい情景を目の当たりにしてきただろう
レディ2
ハンサムだけれど他犬に過敏なアーサーもレディを慕って・・
レディ3
ノビ太はレディに頭があがらない。だってこんなに・・
レディ6
レディ8


  1. 2010/07/24(土) 16:13:26|
  2. レディ
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レディ

去年パソコンが具合悪くなり、同時に外付け機能が焦げ付いて数千枚の画像がお釈迦になってから
ブログをお休みしてきた。
いよいよ新しいパソや周辺機器を購入、8月に工事設置予定、回線も変えてようやく
新装開店、ブログ再開するぞ・・・
だったのだが、7月22日木曜朝、レディが倒れ、そのまま虹の橋を渡ってしまった。
この3日間、泣き暮らしている。何もする気が起きない、世界がつまらないものに
なってしまった。
愛する人がいてもダメ、他に犬や猫がいてもダメだ、泣きすぎて過呼吸になりかけている。

支離滅裂なブログになるだろうけれど、ちょうどよかった、
1年近く休業していたのでほとんど読まれていない、恥の掻き捨て
日記代わり、治療がわりにレディのことを
思い切り書いてこの苦しみから抜け出そうとおもう。


21日深夜まではいつもどおり元気一杯、もうすぐ12歳になるとは思えない若々しさで
スイカを皮ごといくつも食べて、冷房の効いた2階寝室で寝たレディ。
翌日22日はチリママとチリコとレディと私で海岸に遊びにいく予定だった。
21日夜更かししたため22日朝8時近くに起きて1階に降りると、玄関のたたきに
ウンチとオシッコが・・・
ソフトか?といぶかしみながら居間に眼をやると、床にレディが倒れていた!
全身オシッコまみれ、呼吸が酷く荒い、眼球が動いているが意識がほとんどない。
すぐに近くの病院に運び込んだが、危険な状態のようだ。
調べた限りでは腹部に血液らしきものが大量に溜まっている、
脾臓に腫瘍がある、その他の血液検査などでは出血による異常以外は
癌などの傾向はみられないとのこと。
それはそうだ、と思う。
フラットの寿命は7~8年、癌が天敵と思い、
老年に入ってからは半年以内に血液検査をしているのだもの。
脾臓の腫瘍が良性か悪性かはわからないが、まずは腹腔に溜まっている
血を取り除き、出血元と思われる脾臓の腫瘍摘出をしなければ
ならないが、貧血がひどいので輸血、点滴をして状態を安定、
手術に耐えられる状態にすることが先決になる。
酸素マスクと点滴で一時は意識が戻り、私を見て起き上がろうとするほど
の状態になったのに、再び意識混濁、午後2時過ぎ、「もう難しいかも」
との宣告を受け、30分くらい付き添って見送った。
レディが旅立ちを怖がらないように、「大丈夫だよ~」「レ~ディ~♪」
「楽しかったねぇ」「いい子~」と明るいトーンで話しかけ続けた。
人間って、すごい泣きながら明るい声が出せるのね。

「どうかレディやパルたちの最期が安らかで苦痛のないものでありますように」と
毎朝お祈りしていたとおり、最期の時も苦しそうでなく、
段々呼吸が間遠になり、最期も「ウ~ン」と足を伸ばして大きく息を吐いて
逝ってしまった。
お祈りする時、「長く苦しまず、ぽっくりと」とも時々祈っていたけれど、
まさかこんなに突然なんて!
寝たのが2時過ぎ、その時ちゃっかり寝室に入り込んで寝ていたのに、
7時すぎまでの間に何があったのだろう。
脾臓の腫瘍が破裂寸前であったとしたら、もう少し予兆があってもいいのに。
悪性腫瘍だとしたら、2月と6月の血液検査にもう少し
現れていたはず。
私には全く元気に見えていたけれど、体調は悪かったのだろうか。
・・・どうして1階で倒れていたのだろう。レディは庭か2物干し台か
2階のペットシーツにトイレをする習慣だった。
寝室の冷房を避けて1階の玄関のたたきのひんやりした感触で寝ようと
して、階段を踏み外してお腹を打ちつけたのではないだろうか。
それで腫瘍のあった脾臓が破裂して大出血、ショック症状を引き起こしたのか?
誰かが言っていたのか、書いていたのか、
「フラットって、最期の時にあきらめがよすぎる」と。
なんで死んでしまったのか、いまだに理解できないでいる。
それでも解剖はしなかった。もうこれ以上のことに耐えられそうになかったし、
一刻も早く家に連れて帰りたかった。

この暑さで素晴らしいレディの体から異臭など漂ってほしくない、
翌日23日に荼毘にふした。
前の晩はレディの感触を忘れないようにとずっと頭を体を撫でていた。
滑らかな頭部の曲線、柔らかい耳、足先を握った感触、この日常的に慣れてしまった
手にぴったりとフィットする感触はもう二度と経験できないのだ。
この世界にもうレディという生命はどこにもいないのだ、
そう思った途端、心細さ、不安、味気なさが押し寄せてくる。
レディ1


テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット

  1. 2010/07/24(土) 10:26:12|
  2. レディ
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